ネット右翼が批判『中国の抗日70年記念軍事パレード』について(屋良朝助)

ネット右翼が批判『中国の抗日70年記念軍事パレード』について(屋良朝助)



どうも屋良朝助です

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最近、中国の抗日70年記念軍事パレードがあったが「中国なんでも悪いプロパガンダ
反中グループ」が、「中華人民共和国が成立したのは1949年であり、抗日戦争は中国
共産党は関係ない、習近平はうそ付きだ」とネットやらテレビ番組やらで言っており
ますが、事実は違います、むしろ国民党よりも中国共産党の方が抗日戦争に積極的だっ
た。要約すると日本侵略軍に対して、国民党と共産党が「国共合作」をして共同で戦っ
たということです。以下、順をおって解説します。

1912年1月1日 中華民国成立(大陸)

1919年10月10日 中国国民党成立

1921年7月23日  中国共産党成立 

1931年 毛沢東が指揮する中国共産党は農村を中心として支配領域を広げていき、江
西省に「中華ソビエト共和国臨時政府」を樹立


1930年12月から 国民党が共産党に対し5次にわたる大規模な掃討戦(掃共戦)を展


1936年12月12日 西安事件起こる、張学良・楊虎城らによる蒋介石拉致監禁事件。中
国では西安事変と呼ばれる。事件収束に至る真相の詳細はいまだ不明だが、この事件
によって、その後の共同抗日と国共合作が促されたとされる。

1936年12月19日 西安事件後、共産党の国民党への合作の働きかけはさらに積極化さ
れた。共産党中央と中華ソビエト政府は、陝西省境の潼関における内戦停止、一致抗
日、親日派の罷免を要求

1936年12月29日 蒋介石は共産党に西安事件で内戦停止と一致抗日を約束させられ、
直ちに中央軍を陝西省から撤退させる声明を出した

1937年1月6日 十年間続いた国共内戦は事実上停止された。

1937年2月10日 共産党中央は国民党三中全会に対する通電を発して、共産党が国民
党と国民政府の指導権を認め、その指揮権に服従することを表明し、抗日のために第
二次国共合作を要求した。

1937年7月7日 盧溝橋事件が勃発 当時すでに北支に駐屯していた日本軍の演習中に
実弾が二度発射され、日本軍と中国国民党軍が衝突

1937年7月11日 周恩来が抗日全面戦争の必要を蒋介石に強調するなど、共産党は国
民党に対日抗戦を迫った

1937年7月19日 日中全面戦争に極めて慎重であった蒋介石は、「最後の関頭」演説
を公表して抗日の決意を表明した

1937年8月13日 第二次上海事変が勃発すると、国共合作と抗日民族統一戦線は飛躍
的に発展した

1937年9月27日 毛沢東は「国共合作成立後のさし迫った任務」と題する声明を発表
し、国共合作が成立したことの意義を確認した

1937年(昭和12年、民国紀元26年)から1945年
日中戦争(抗日戦争)は、大日本帝国と中華民国の間で行われた

引用元
国共合作Wikipedia


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