本土復帰45年の沖縄で「幻の建議書」関係者が語る「復帰は間違いだった」〈AERA〉(dot.) - Yahoo!ニュース

本土復帰45年の沖縄で「幻の建議書」関係者が語る「復帰は間違いだった」〈AERA〉(dot.) - Yahoo!ニュース



復帰運動を牽引した屋良朝苗主席の下、琉球政府職員として「復帰措置に関する建議書」
の策定に携わった宮里整さん(84)=那覇市=は、淀みない口調でこう続けた。

「私は今、冷静に振り返れば、復帰運動は間違いだったという結論に行き着いています」

敗戦時、宮里さんは12歳だった。軍国主義一辺倒の皇民化教育を受け、島くとぅば(沖縄方言)
の使用も禁止されていた宮里さんは、沖縄にかつて王政が存在したことや、独自の文化や歴史
が育まれてきたことも知らなかった。

かつての南洋諸島は戦後、米国の信託統治を経て独立している。

「つまり当時、沖縄自らが信託統治を欲し、そこから独立につなげる道を選んだほうがよか
ったんじゃないかということです。そのチャンスを逃がしたばかりに、沖縄は本土に軍事利用
され続ける、今日の混迷と不幸があるのです」

●沖縄を守らない9条と 憎しみに包囲された基地

 宮里さんは今、戦後沖縄のテクノクラートの一人として沖縄社会を「日本復帰」に誘導する
一端を担った過去を心の底から悔やんでいるのだ。

沖縄の政治潮流に詳しい獨協大学地域総合研究所の平良好利特任助手は『戦後日本の
歴史認識』(東京大学出版会)で、
「沖縄と本土の溝」の章を担当。かつてないほど沖縄と本土の政治空間に隔たりが生じて
しまった根本要因として、沖縄に偏在する基地負担を戦後日本が解決できなかったことに
ある、と分析している。

 本土で米軍基地が縮小されていった50年代後半に、本土から沖縄に移駐した米海兵隊
が在沖米軍基地の約7割を占める現状を、本土のどれだけの人が知っているだろうか。

 平良氏は言う。

「日米同盟の本質は、基地を提供する代わりに守ってもらうことです。しかし、基地という最
も重要な『実』の部分の大半が沖縄に局地化されて見えなくなり、その『実』の部分を脇に置
いたまま、『日米同盟』は深化・発展していったのではないでしょうか」


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